天然ウルトラマリンの歴史
ラピスラズリが最初に顔料として利用されたのは6-7世紀におけるアフガニスタンの寺院の洞窟画であり、これは鉱物顔料の始まりとして有名である。また、10-11世紀の中国の絵画、11, 12, 17世紀のインドの壁画、1100年頃のアングロサクソンやノルマン人による装飾写本などにも確認されている。天然のウルトラマリンは素手ですり砕くのが最も難しい顔料で、最高級の物を除き、粉砕と洗浄によって得られるのは薄く灰色がかった青色粉末のみであったが、13世紀の初頭に改良法が開発された。15世紀の芸術家チェンニーノ・チェンニーニ(en::Cennino Cennini) によって記述された方法は次のようなものである。粉砕した原料を溶かした蝋、樹脂、油と混ぜ合わせ、できた塊を布に包み、うすい灰汁の中でこねる。青色の粒子が容器の底に沈み、不純物や無色の結晶は塊の中に残る。この工程を3回以上繰り返す。あとから滲出してくるものほど等級は劣りる。高彩度の紫青色発色成分は少なくなりウルトラマリンアッシュ(ウルトラマリン灰)と呼ばれる。最終的な抽出物は少量の青い粒子を含んだ透明なものである。出来上がったウルトラマリン灰は透明度の高い薄い青色を持つことから光滑剤として珍重される。
この顔料が最も広く使われたのは14世紀から15世紀にかけてで、朱色や金色の補色として映えるため、装飾写本やイタリアの陶板画に用いられた。16世紀の初頭から azurrum ultramarinum としてヨーロッパに輸入され始めた。ラピスラズリからは 2%-3% 程度の顔料しか取れなかったため、金で増量して用いられることもあった。輝度が高いことと、太陽光や油、消石灰にさらしても劣化しにくいことが貴重さの要因である。しかしながら鉱酸や酸蒸気には特に弱い。希塩酸、希硝酸、希硫酸によって青色はすぐに失われ、その過程で硫化水素が発生する。鉱酸よりもゆっくりではあるが、酢酸にも侵される。この酸に対する敏感さのため、ウルトラマリンをフレスコに用いられるのは、顔料を保持剤と混合して乾いた漆喰の上に塗るフレスコ・セッコ法に限られる。例としてジョット・ディ・ボンドーネによるパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂(アレーナ礼拝堂)のフレスコが挙げられる。
ヨーロッパの芸術家たちはこの貴重な顔料をめったに使用できず、聖マリアやキリストのローブを塗るための取って置きの品であった。また、しばしば下塗りに安価な青色顔料アズライトを使うことによって費用を節約することもあった。ヨーロッパにはイタリア・ヴェネツィアを通して輸入され、ドイツなどイタリアより北の国の作品にはほとんど見られない。天然ウルトラマリンを使った画家のうち、フェルメールの使用は有名で、フルメールの青の呼称にフェルメール・ブルーという呼称がある。16世紀後半から17世紀におけるアズライトの不足によって、もともと高価であったウルトラマリンの価格はさらに高騰した。
英国の一部の絵具メーカーのカタログには1980年頃まで、天然のウルトラマリンによるチューブ入り油絵具、固形水彩絵具、粉末顔料が特注品としてラインナップされていたが、粉末顔料は1グラムが約7000円程度であり、金より高価であった。この天然の顔料も最近では殆ど作られておらず、現在のウルトラマリンの顔料の大半は次に述べる合成顔料である。2008年日本では、東京芸術大学とホルベイン工業の産学協同研究の成果として、天然ウルトラマリンによる水彩絵具を「本瑠璃」と称し容量4.2gを税込み50400円を200個限定での販売が開始された。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
天然ウルトラマリンはとても高価なのですね。びっくりしました。
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